なぜ、父親は我が子の発達障害や発達の遅れを認めないのか
- 2025/12/23
父親が子どもの発達障害を認めない心理的背景
臨床現場では、母親は子どもの発達の問題に気づき積極的に相談に来るのに対し、父親は診断や支援を拒否し、「気にしすぎだ」「そのうち治る」と楽観視するケースが非常に多く見られます。この現象には、複数の心理的・社会的要因が関係しています。
子どもとの接触時間の圧倒的な差
最も基本的な要因は、子どもと過ごす時間の違いです。多くの家庭では、母親が育児の大部分を担い、日常的に子どもの様子を観察しています。母親は、他の子どもとの比較(保育園、幼稚園、公園など)、発達の微細な変化、日々の困難(着替えに時間がかかる、指示が通らない、友達とトラブルが多い)を直接体験します。一方、父親は平日は仕事で不在、週末も限られた時間しか子どもと関わりません。その短時間の関わりでは、発達の問題が顕在化しにくく、「普通に遊べている」「特に問題ない」と感じてしまいます。データのない状態で判断を求められているようなもので、「問題がある」という認識を持つこと自体が困難なのです。
男性的価値観と「弱さ」の否認
伝統的な男性性の規範では、「強くあるべき」「完璧であるべき」「欠点を認めない」という価値観が強く刷り込まれています。子どもの発達障害を認めることは、父親にとって「自分の子どもに問題がある」「自分の遺伝子に欠陥がある」「自分が不完全である」という自己否定につながります。特に、発達障害が遺伝的要因を持つことが知られている現在、父親自身が「自分のせいだ」という罪悪感を無意識に感じている可能性があります。この耐え難い痛みから自分を守るために、心理的防衛機制である「否認(denial)」が働きます。「問題は存在しない」ことにすれば、自己価値を守ることができます。
「男の子だから」という正当化
特に男児の場合、「男の子は発達が遅い」「やんちゃなのは男の子だから当然」「自分も子どもの頃はそうだった」という社会通念を利用した正当化が行われやすくなります。父親自身が子ども時代に落ち着きがなかった、学校になじめなかった経験があると、「自分もそうだったが、大人になって普通にやれている」と考え、専門的介入の必要性を認識しません。しかし、現代社会は数十年前より複雑化しており、求められる社会適応のレベルも高まっています。「自分の時代と同じ」という前提自体が誤っている場合があります。
プライドと社会的評価への恐れ
日本社会では依然として、「発達障害」に対する偏見やスティグマが存在します。父親は、子どもの診断が「家族の恥」「社会的評価の低下」につながることを恐れます。特に、職場や親族、地域社会での評判を気にする父親は、「うちの子は障害児ではない」と強く否定します。診断を認めることは、社会的に「負け」を認めることだと感じるのです。また、完璧主義的な父親、社会的地位の高い父親ほど、この傾向が強くなります。「自分のような優秀な人間の子どもが、問題を抱えているはずがない」という認知の歪みが生じます。
問題の「可視性」の低さ
身体的な障害や明らかな知的障害と異なり、発達障害は外見からは分かりにくく、状況によって症状の現れ方が異なります。父親が関わる「楽しい遊び」の場面では問題が目立たず、集団生活や構造化されていない場面で困難が顕著になることが多いため、父親は「問題ない」と判断してしまいます。また、子どもが父親の前では緊張して「良い子」を演じている場合もあり、母親が日常的に直面している困難を父親が全く知らないケースもあります。
医療・専門機関への不信と無知
一部の父親は、精神医学や心理学に対して懐疑的で、「診断は製薬会社の金儲け」「過剰診断だ」「レッテル貼りに過ぎない」と考えています。また、発達障害についての正確な知識がなく、「親の育て方の問題」「甘やかしすぎ」といった誤った理解をしている場合もあります。そのため、専門家の診断を「妻の育児の失敗を医療の問題にすり替えようとしている」と誤解することもあります。
対処への不安と無力感
診断を認めることは、「では、どうするのか」という次のステップを求められることを意味します。療育、特別支援、服薬、学校との調整など、未知の領域への対応が必要になります。父親は、これらにどう関わればいいのか分からず、無力感を感じます。この不安から逃れるために、「そもそも問題はない」と否認する方が心理的に楽なのです。
母親への責任転嫁
一部の父親は、子どもの問題を母親の育児の問題として責任転嫁します。「お前の育て方が悪い」「過保護すぎる」「厳しくしつければ治る」といった発言で、問題の本質から目を逸らします。これにより、母親はさらに孤立し、二重の苦しみを味わいます。子どもの困難と、夫の理解のなさという二重のストレスです。
変化への抵抗と現状維持バイアス
人間は一般的に、現状を変えることに抵抗を感じます。診断を認めることは、今までの子育て方針の変更、特別な支援の導入、将来の見通しの修正を意味します。父親は、「このまま普通に育てられる」という現状維持を強く望み、変化を要求する診断を拒否します。特に、変化に適応することが苦手な父親(実は父親自身が未診断のASDやADHDの特性を持つ場合も多い)ほど、この傾向が強くなります。
「時間が解決する」という楽観主義
「そのうち落ち着く」「小学校に入れば変わる」「思春期になれば成長する」という根拠のない楽観主義も、父親に多く見られます。問題に向き合うことの苦痛を先延ばしにし、「自然に良くなる」という希望にすがります。しかし、早期介入が重要な発達障害においては、この先延ばしが子どもの将来に大きな影響を与えます。
夫婦間のパワーバランス
家庭内で父親が「決定権者」として振る舞っている場合、母親の意見や専門家の見解を「聞く必要がない」と無視します。「俺が認めなければ診断を受けさせない」という態度で、子どもの支援を妨げます。
父親自身の未診断の発達障害
重要な視点として、子どもの発達障害を認めない父親自身が、未診断の発達障害(特にASD、ADHD)を持っている可能性があります。自分自身が同じ特性を持ちながら社会適応してきたため、「これは普通だ」と認識します。また、自分の特性を認めることへの恐れから、子どもの診断も拒否します。
まとめと支援のポイント
父親の否認は、悪意ではなく心理的防衛です。支援には以下が有効です。
・ 父親が参加できる診察・面談の設定
・ 具体的な行動例の共有(動画など)
・ 父親の不安や恐れに共感的に対応
・ 診断が「ラベル貼り」ではなく「支援のスタート」であることの説明
・ 父親同士のピアサポートグループ
・ 段階的な受容を待つ忍耐
・ 夫婦カウンセリングの活用
父親を責めるのではなく、理解と支援の対象として捉え、ゆっくりと巻き込んでいくアプローチが重要です。多くの父親は、時間をかけて情報を得、子どもの実際の困難を理解することで、最終的には協力的になります。
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発達障害ラボ
車 重徳
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